BMW基準の性能を追求し、生まれた。スターマークタイヤの重要性
BMWは確かなハンドリング、高いスタビリティ、上質な乗り心地を追及するために、いくつかのタイヤメーカーと共にタイヤを開発している。今回はそのメーカーのひとつであるコンチネンタルタイヤ(以下、コンチネンタル)で開発に携わっている、タイヤ評価チーム 日本支局マネージャーの髙橋郁磨さんにタイヤの重要性などを聞いた。
とことん走らせ、何度もテストを重ねる
言わずもがなのことだが、クルマのタイヤは基本的に黒くて丸いゴムの塊だ。故に違いは一見ではわかりにくいのだが、メーカーや種類によってゴムの成分も地面に常に当たっているトレッドのパターンも異なり、それらは走行性、快適性、安全性に大きく関わってくる。だが、多くの人は、そこまで深く考えることなく摩耗した際や季節の変わり目など、必要になったらある程度の要件を満たしているものを買っているのではないだろうか。確かにどんなものでも履かせれば車体は動く。しかし、正しいものを選ばなければ、クルマがもつ本来のパフォーマンスは発揮できない。では、「最適なタイヤ」とは、どのようなものなのか。
BMWはタイヤをシャーシの一部として重視し、車両開発と同時に、いくつかのタイヤメーカーにそれに見合ったタイヤの製造を依頼する。そして、そのタイヤを履かせ徹底的に走り込み、微調整する過程を何度も繰り返し、承認するに値するタイヤが完成した後に市場へ送り出すのだ。BMWに相応しいと認められたタイヤのサイドウォールには、その証として星印が刻まれ、スターマークタイヤと呼ばれるようになる。その製造及びテストの過程について、まず髙橋さんに聞いた。
「タイヤは天然ゴムに様々な材料を混ぜて精錬し、トレッド、カーカス(タイヤの骨格をつくる部分)、ビード(タイヤをリムに固定させる部分)などのパーツを加熱、加圧して、化学反応を起こし成型してつくります。つまり、ひとつをつくるのに時間がかかるんです。プロトタイプについても、仕上がりがよくなかったとしても、すぐにつくり直すことができません。そのため、設計、テスト、修正をおよそ2年ものスパンで繰り返していくというのが、タイヤ開発の基本的なプロセスです。我々は他の欧州のOE(Original Equipment)メーカーにも供給させて頂いているのですが、BMWは特に走り込みが多く、高い次元での性能を求められる。厳しい基準を満たすまで、とにかくたくさん走って、人間の感覚で評価をしていくんです」
タイヤ、ホイール、サス、車体、すべての剛性の調和を図る
コンチネンタルはドイツのハノーバーに研究センターをもつ。そこがハブとしての役目を果たし、ハノーバー近郊にあるコンチドローム(コンチネンタルが所有しているテストコース)、ニュルブルクリンクのワークショップ(テストカーの整備を行える場所)、ドイツのカントリーロード、アメリカのテキサスにあるテストコース、5か所のスノーテストコースと、世界中の様々な環境でテストを行っている。
「どんなときも、どんな場所でもBMWのスローガンである“駆けぬける歓び”を実現させるためには、走るためにつくられたサーキットのような場所だけでなく、世界中のオーナー様が日常で乗るシチュエーションに近い場所でもテストを行わなければなりません。そういった意味で、様々な場所でテストを行えることが我々の強みだと考えています」
評価の項目は多岐に渡る。ドライ、ウェット両環境でのハンドリング。また、直線路、高速道路、コーナーを限界で走ったときの安定性、手ごたえなど、その数は書き切れないほどだ。それぞれ10点満点形式で、当然、足りなかった部分を補うように微調整をしていくのだが、それが非常に難しく、タイヤの世界が奥深い理由だと髙橋さんは語る。
「タイヤのある部分が弱いとして、そこを単純に補強するだけでは、別の部分の剛性が足りなくなったりします。では、何もかも剛性を高めれば良いかというと、そうでもなくて、ある程度考慮しないと、今度は車体とのバランスが悪くなってしまう。タイヤ、ホイール、サスペンション、車体、すべての剛性が調和しないと、高い点数を得ることはできません。それが我々の腕の見せどころであり、スターマークを得るための必須要件なんです」
求められるのは、あらゆる路面でグリップすること
髙橋さんはBMWに「とにかくフラットに走るクルマ」という印象をもっていると話す。
「BMWはどんな路面でも張りつくようにピタッと走ります。だから運転していると、目線が全然動かないんですよ。その安定感に最も関係してくるのがサスペンションの性能なんですが、タイヤが駄目だとその性能を生かし切ることができません。また、BMWが求めてくることは至極シンプル。『ドライでもウェットでも石畳でも、とにかくグリップするようにつくってくれ』といわれます。例えば、半径100mの定常円を限界で走って、突然水たまりに入ると横滑りしますよね。そこで評価のひとつとして大事になってくるのが、タイヤの縦溝なんです。安全性を確保するために縦溝の容積を増やせば横滑りを抑えることができるんですが、増やすとパターンノイズが大きくなってしまいます。どうしますか?とBMWの開発者に聞くと『ノイズは車内で聞こえないように設計するから良い』っていうんです。コンチネンタルのスターマークタイヤには指が入るくらいの縦溝があるのですが、普通だったらあり得ないですよ(笑)」
近年、タイヤ開発は大きな変革のときを迎えた。そのきっかけとなったのが、急ブレーキ時や路面が濡れていたり凍結している場合にタイヤがロックしてスリップするのを防ぎ、徐々にブレーキを作動させるABS(アンチロック・ブレーキング・システム)や、こちらも同じく横滑りしそうになった際にブレーキが働くDSC(ダイナミック・スタビリティ・コントロール)といった電子制御機構の普及である。これらの誕生以前のトレッドパターンは、左右対称かVの字といった単純なものがほとんどだったが、電子制御による精密なブレーキ操作に対して、正確にグリップさせる必要があるため、大胆かつ複雑なパターンが生み出されるようになったのだ。
電子制御は年々進化し、今や自動運転が当たり前になりつつある。そのような時代に向け、タイヤの未来はどうなっていくのだろうか。
「おそらくドラスティックに変わることはなく、現代の延長線上にあるでしょう。自動運転が普及すれば、より一層、タイヤの性能は重要視されると私は考えているんです。自ら車体をコントロールするのではなく、クルマそのものに委ねるわけですから、きちんと走って止まるタイヤを履いていなければ、せっかくの機能が台無しになってしまう可能性だってある。それに、クルマに乗る歓びというのは不変だと思うんですよ。今のコーナリングは完璧だったね、と、クルマとドライビングテクニックを競いあう。そんな時代が来るかもしれませんね」
photograph=Tetsuo Kashiwada
text=Yusuke Osumi